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zoom RSS 続 小野市史跡散歩 (その9)

<<   作成日時 : 2017/05/02 23:18   >>

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続 小野市史跡散歩 (その9)は、小野市の北西部・河合地区です。

今回は、JR加古川線と加古川の間、南北に細長い区域を、寺社・史跡などたどりながら北上します。
こんなコースを歩かれる方はいないと思いますので道順は省略し、場所を地図表示しています。
なお、位置関係を知りたい方は、Googleマップに、殆ど、表示されていますのでご覧下さい。
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平成29年4月30日  
粟生駅から北上します。
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河合地区に入る前に、チョコット加古川河畔に寄り道。^O^
行く途中、大樹が見えます。
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この地域、こんな大樹の下には、何かがありそうなので要注意です。
こここの場合は、個人の墓地なんでパス。^_^

加古川の堤防に来ました。

上流に、平成25年の台風で破損し、架け替えられて、昨年7月に開通した、粟田橋が見えます。
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道路の22K7とある両側に、三角点があるはずなんですが、見当たりません。
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帰って調べたら、三等三角点「大芝」なんですが、1974年以降観測されていなくって、緯度経度・標高は記載されてません。つまり、ないって事???

河口から23Kmの標識。
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堤防西側面にお地蔵さま?
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来迎院墓地と、粟生交差点の道しるべ周辺の地図です。

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堤防西側に下りると、来迎院墓地・五輪塔石棺板碑があります。
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地図の粟島神社のすぐ東側です。

アップです。
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石棺底石に菩提門の種子が刻まれていて、南北朝前期頃の古風な様式で、五輪塔の板碑は珍しいんだそうです。

裏面です。
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石棺を組み合わせる溝があります。


粟生交差点の東北側に道しるべがあります。地図の赤いマークの所です。
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カッコのいい方からアップ。^O^
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南面です。
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善道大師と刻銘されてますが、加東の五峰山光明寺の事と思います。

西面です。
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北面です。
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東面です。
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明治三十六年ですから、比較的、新しい道しるべですね。

灌漑用用水路です。
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少し北上して、真楽寺さんですが、山門は閉じられています。
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近くの、古い六地蔵さま。
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少し北、竹ノ宮のある、鈴ノ宮神社です。
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下の地図では、山ノ口神社です。又、Googleマップは、鈴ノ宮神社となってます。

周辺の地図です。

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赤いマークは無視してください。

東側の鳥居です。
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西側の鳥居です。
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竹ノ宮鳥居と鈴ノ宮神社の標識と、説明アップです。
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説明にある鳥居です。、文明元年(1469)の鳥居です。
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額束の正面と背面です。
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文明元巳丑とありますね。

竹ノ宮です。
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鈴ノ宮神社拝殿と本殿です。
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・・・で、山ノ口神社。^_^
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このお宮さん、色々、あるんで・・・
西の鳥居から見ます。境内に門が見えます。
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これ神門でしょうねぇ。
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両側に仁王さまがいたらお寺の門になりますねぇ。^_^

供養庚申塚ですが、上の2字摩滅していて読めません。
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ご神木なんでしようか。
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根本に、「さざれ石のいわおとなりて・・・」みたいな石。
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文政十丁亥年(1827)の刻銘のある石燈籠。
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文化十一戌甲(1814)のボロボロの石燈籠。
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手水鉢と井戸。
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このあたりの神社には、殆ど井戸があります。

小野市保存樹木のエノキ。
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同じく保存樹木のクスノキ。
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ウハッ、時間喰っちゃった。

1Km程北上します。

河合城跡に来ました。
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個人家屋がありますので、プライバシーの関係で、上半分カットしてます。
場所は、下図の赤いマークの所です。


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説明です。
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これ灌漑用水路なのか、堀跡なのか判りません。^_^:
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河合城跡の少し東、明善寺さんに向かいます。
明善寺さん山門です。
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山門右側、満開の藤棚。
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庭石ですが、仏さまがいらっしゃるみたい。
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お地蔵さま。
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「宝暦十四甲申歳(1764)三月十一日」の刻銘があります。

そして、真打・・・
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家形石棺の蓋石です。

明善寺さんから、「太閤渡し」に向かいます。
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つづく

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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
早々と、その9ですね。
先日、河口から23Kmの標識を見て、粟田橋を渡りました。
堤防西側面にお地蔵さまと、西側に下りて来迎院墓地・五輪塔石棺板碑があるなんて全然知りませんでした。
南北朝前期頃のもので、更に石棺を組み合わせる溝も残っていてかなり貴重ですね。

明治36年の道標、比較的新しいのに補修しています。
地震で上部が落下したんでしょうか。
設置位置が道路ギリギリですが、昔の街道筋を舗装したように見えます。
灌漑用の水路が乾燥しています^^。
もうそろそろ水を流して欲しいところでしょうか。

竹ノ宮鳥居、真中が膨らんだエンタシス状とありますね。
小野市で、この近くの「近津神社」の鳥居の説明板にもエンタシスの事が書いてあります。
見るからに古い鳥居で、兵庫県の文化財に指定されている鳥居です。
パルテノン神殿とは関係ないでしょうが、何故エンタシス形式が小野市に点在するのか不思議です。
新しい山ノ口神社の鳥居は真っ直ぐです^^。
「ご神木なんでしようか」は偉い方のお手植え?
さざれ石にその謂れが書いてあったのに〜、でしょうか。

小野市は標高200m以下の小野アルプスしか無いので、皆さん井戸水で生活していたんですね。
井戸が沢山ある、という事は小野アルプスからの地下水がふんだんに流れていた!
明善寺の藤棚が、見事です。
でもこの藤棚では無く、家形石棺の蓋石がお目当てでしたか。
家形石棺は、古墳時代にみられる石棺の一種で、古墳時代中期後半〜終末期まで長い期間用いられたそうですね。

その10、が楽しみです。
アルクノ
2017/05/03 11:40
アルクノさま
いつも有難うございます。
ハイ、お昼何を食べたのか忘れるようになりましたので、早くアツプしないと・・・
アッ、目的が違うと、なかなか、目に入らないですね。^_^
粟生の道しるべ、昨年ここを通った時は、なかったように思うんですが
そうですねぇ。そろそろ、田植えの用意をしなければいけないんで、流すんではないでしょうかねぇ。

近津神社の鳥居は、桃山時代だそうで、室町・桃山なんで、似てるのかも。当時は、こんなのが流行ったのかもしれませんね。

ご神木?の根元の石、なんでおいてあるのか。ミステリーです。^O^
ホント、この辺り井戸が多いです。小野アルプスの水脈かもしれませんね。それと、加古川の地下水系かも・・・

明善寺の藤は知りませんでした。満開の藤に出会えてラッキーでした。

石棺の蓋石、丸みを帯びて、綺麗に加工されて、縄掛突起も残ってて、ほぼ、原型を保ってると思います。てくてくは、逸品だと思いますが・・・^_^
家型石棺のほとんどは、大和で発見されてるそうですが、兵庫県で、唯一、完全な形で見れるのは、中山寺の大国堂付近にある石のカラトと呼ばれる、白鳥塚古墳(中山寺古墳)だけだそうです。
この蓋石も貴重なものだと思います。
ハイ、駄・ブログ宜しくお願いします。
                                  てくてく
てくてく
2017/05/03 16:44
トップの画像、何処のお宅かと思ったら、お寺さんやったんですね。(^^)
藤がスゴイ!
お隣には、団子が一杯。(^^)
これ、手入れが大変でしょうねぇ。

ここ、平成25年の台風で破損した場所なんですか。
昨年7月に橋が、やっと開通したんですね。
それまでは、迂回されていたんでしょうね。

三角点、チェックしたら。「三等三角点、大芝、標高31.11m」って載ってました。
でも、1974年以降観測されていないとなってますね。
1974年って…そんなに、ほっとかれてるもんなんですか?(^^ゞ

薄肉彫り(?)の五輪塔石棺板碑、これが、道端にあるんですか。
何か、貴重な感じもするんですが…

ここの灌漑用用水路、長いですね!
それに広い。
これ…豪雨とかなったら、ちょっと怖い気がします。
落ちたら、溺れそう。(^^ゞ

竹ノ宮鳥居、なんか、崩壊しそうな感じがしますね。
周りに囲みを入れたりもしてないので大丈夫なんでしょうけど…
とっても年代を感じます。

そして、最後は、藤のお寺。(^^)
季節柄、良い所にお参りされましたね。
yoppy702
2017/05/04 00:51
明善寺さんの藤とてもきれいですね。
冒頭に掲げるだけの値打ち十分です。(^^)
五輪塔石棺板碑は珍しいものなんですねぇ。
粟生交差点の石の道標は明治36年のものですか。分かりやすく、比較的新しいと言えますが、もう明治も遠くになりにけりです。

鈴ノ宮神社の竹ノ宮石鳥居は室町時代中期に建てられたものなんですね〜。
500年以上たつんですね、古い!
となれば、この神社は由緒がありますね。

河合城は、今はもうその面影がありませんが、東播磨屈指の大城郭だったようですね。

明善寺も古刹で、藤棚の藤が満開のいいときに訪れたもんです。
トンキチ
2017/05/04 12:18
yoppyさん
いつも有難うございます。
ハイ、藤、よく手入れされてるのか、綺麗に咲いていました。
お隣、よくこんな形に仕上げましたねぇ。ホント、手入れ大変です。^_^

粟田橋、3年かかって開通しました。それまでは、2Km上流の新大河橋に迂回してました。てくてくも去年、歩いて迂回しました。^O^

観測されないのに残ってるってあるんですね。ただ、川や池の堤防にある三角点、時々ないことあるんですよ。

ハイ、墓地ですけど、こんなのがあるんです。興味が無いとただの石ですけど。

灌漑用幹線用水路^O^。結構な水流になりそうです。

古い鳥居なんですけど、ちゃんと立ってます。長年、立ち続けてごくろうさまって感じです。^_^

ハイ、満開で綺麗で良かったです。
                                てくてく
てくてく
2017/05/04 18:57
トンキチさん
いつも有難うございます。
ハイ、満開でとてもきれいでした。
菩提門の種子が刻また五輪塔の板碑、珍しいそうです。研究されてる方の受け売りで・・・^O^
そうですね。明治元年からだと150年近くなりますね。でも、石の道しるべだと若い方で・・・^O^

播州は歴史のある地域なんで、ちよっとした神社でも、古社なんですねぇ。なんで、小さいお宮さんでも、見逃せないんです。

河合城、大きな由緒ある城郭だったんでしょうけど、田畑ならまだしも住宅が立ち並んでいる所に、説明の碑だけでは・・・って感じです。なんで、大和のように保存できないんでかねぇ。
                                  てくてく
てくてく
2017/05/04 19:14

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