播磨の国・加西探訪 倉谷町・田原町

三口町の東側、倉谷町の探訪です。
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記事、長いです。
道順や寺社等の場所は、「Googleマップ」&「いつもNAVE:ゼンリン地図」でご覧下さい。



令和元年11月5日  
三口町から倉谷町に入り、倉谷西交差点に来ました。
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倉谷西交差点は、県道43号と県道716号の合流点です。

交差点から約250m、加古川市に入ります。
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県道43号は、加古川市ですが、道路の左(東)側は加西市です。^_^

加古川市の標識から約100m、県道左(東)側に、法道仙人の「 駒の蹄跡」の伝承地があります。
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加西市と加古川市の境で、加西市か加古川市か微妙な位置です。^O^:

加古川市観光協会の、観光スポット案内によると・・・
「加西市との境の県道端に「駒の蹄(つめ)」があります。
県内の多くの寺院に開基伝説を持つ法道仙人が馬で空を駆け、途中この場所に降り、後ろ脚の蹄の跡が岩に残ったと伝えられています。」
加西市の案内は見当たりません。加古川市のテリトリーかも。^O^


手書きの標識は「駒の蹄跡」ですが、標石は「法道仙人駒之爪」です。
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標石と、駒の蹄跡がある岩です
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どれが、蹄跡か判りませんね。

横の繁みに・・・
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駒の古道です。
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クマノコドウではありません。^O^
通行不能です。



倉谷西交差点に戻ります。
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右の県道716号を、北へ坂を下って行きます。左から、県道43号からの道が合流しますが直進。
下りきった辺り、左に入る細い道もパス。次の、左へ入る道を行きます。
倉谷西交差点から、約310m。
集落にはいり、集落の迷路を右に左に・・・^O^::
山際近く、民家の西側に野道があります。
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後藤山古墳への道です。

この道を行き、すぐ、右に曲がって民家の裏側から左。すぐ山裾です。
そこに、大きな石棺の蓋。
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説明です。
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石棺蓋をぐるーっと。^_^
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山に入って行くと、すぐ、イノシシ・ゲート。^O^
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開けた状態で写してますが、この後、山に入って閉めます。イノくん、近くで、出るのを狙ってるかも知れませんから・・・^O^

説明板です。
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ゼンゼン読めません。うっかりAFで撮って、確認しなかったので大失敗。
・・・で、調べたんですが、説明板と同じ物は見つかりませんでした。^O^::

代りに、「北播磨地域 景観資源データベース 加西市」から・・・
「後藤山古墳は、加西南部の倉谷町を見下ろす後藤山(標高130m)の中腹に位置する。
古墳時代に築造されたであろう横穴式の古墳で、下段が一辺19mの方墳と推定される。前から見ると墳 丘は雛壇を三段ほど重ねた塔のような造り方をしている。玄室の長さは約4m、幅が約3m近い規模は、7 世紀後半にあっては傑出したものであり、その墳丘の大きさとともに特別な被葬者を考えることができる。古墳の前には珍しい形をした全長約1.7mの石棺の蓋がある。縄掛け突起を持たない家形で、屋根が独 特である。このように、後藤山古墳は古代の歴史を感じさせる景観を呈している。
出典:古墳が語る播磨・戸新聞総合出版センター発行 2013.11.30
加西市HP・加西市観光まちづくり協会HP

後藤山古墳です。
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玄室です。
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古墳見学を終え、二つ前の三叉路に戻って、左(東)へ行きます。
130m程行くと、倉谷公会堂があります。
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公会堂の四ツ辻を、左へ山の方に行きます。
60m程行って右へ。直進は、墓地です。^O^:


野道を行くと、すぐ、薬師堂。
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お堂は、施錠されているので、堂内の石棺仏は見れません。

薬師堂略記です。
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チョット、右側から。
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お堂前左側の石棺仏と、石仏・墓石です。
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石棺仏アップ。
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説明がないので、ネットで調べましたが、詳しい事は判りませんでした。^_^::
右端は、石棺仏と判りますが、後は・・・

個別に、右側から。
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阿弥陀如来石棺仏だそうです。

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石棺仏の左側に、石棺の一部らしき石片。
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薬師堂右側の無縫塔(卵塔)。
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公会堂に戻って、四ツ辻を左(東)へ行きます。
約250m、コンクリート擁壁?の中に・・・
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石仏五輪塔だそうです。
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つづいて、石仏さま。
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すぐ右側、天満神社さんの裏参道を登って行き、境内に入ります。
表参道を上から。
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県道716号からの石段です。

境内から・・・
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拝殿と、本殿です。
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兵庫神社庁HPによると、ご祭神は「天満大自在天神さま」。

拝殿右側に・・・
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鐘楼?????

本殿右側の、境内社や石燈籠。
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本殿背後を通って、本殿左側。
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左側は、白壁の塀に囲まれた広い空地で、境内社が三社。
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そして、石仏さま。
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掌善・掌悪童子を脇侍とした、地蔵三尊さまの様に思うんですが・・・
そして、この広い空地、もしかして、寺院があったのでは・・・
鐘楼みたいなのもあるし、ヒョットして、昔は、神仏混淆のお宮さんだったりして。^_^

正面の石段を下ります。
石段と石燈籠。
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県道716号を北東へ。倉谷交差点を過ぎてすぐ、左斜めに分岐する道に入り北へ行きます。
タンボの中の一本道を行き、田原町に入ります。
約400m、集落入口の丁字路で、左を見ると、柿の木の下に、石仏さま。
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アップ。
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お姿の右側、「明治十五年八月・・・」
左側、「當村觀音講中」
観音さまなんでしょうかねぇ?


丁字路を、右(東)へ少し行くと、若森稲荷神社さんの鳥居。
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「いつもNAVE:ゼンリン地図」は、若森稲荷神社。 「Googleマップ」は、若森稲荷大明神。「昭文社・都市地図」は、稲荷大神宮。

石段登り。^_^
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拝殿。
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石垣の上に・・・
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本殿です。
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ご祭神は「倉稲魂命さま」。

斜め左から・・・
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境内社です。
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道に戻って、東へ約100m、三叉路を左へ。
道なりに、380m程行くと、道の右側に・・・
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道しるべです。
IMGP7699.jpg
読めません。^O^::


すぐ北側に並行する、県道716号を横断して少し行くと集落。
集落の中を南下、田原交差点からの道に出ます。道しるべから、600mあまり。
そこから、東へ280m程行くと十字路。東南角に、木下製菓所さんがあります。
十字路を右に行き、集落に入ると、左側にお宮さん。
正面に回ります。
鳥居です。
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拝殿と本殿。
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IMGP7705.jpg
この、お宮さんは、「昭文社・都市地図」には、稲荷神社と表示されていますが、「いつもNAVE:ゼンリン地図」&「Googleマップ」には、表示されていません。
「北條鉄道沿線散策マップ・網引駅田原駅周辺」では、粟森稲荷神社さんです。

石祠と石碑。
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十字路に戻って、今度は左、北に行きます。200m程行くと、農業用用水路。
用水路に沿って、右岸の道を行くと、すぐ、下里川で、右側に地蔵堂があります。
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地蔵堂入口の石標。
IMGP7702.jpg
「北條鉄道沿線散策マップ・網引駅田原駅周辺」によりますと・・・
「石橋供養塔 天保7年‥の銘があります。以前、この付近に架かっていた石橋を、供養するために建てられたようです。昔は、橋の工事で犠牲者がでたり、洪水で橋が流されたりすると、橋に潜む悪霊の仕業と信じられ、供養碑を建て安全を祈願しました。現在 感覚からすると不思議な供養塔です。」
・・・だそうです。

地蔵堂には入れないので、窓越しに・・・
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下里川右岸堤防を東に行き、田原橋南詰に出ます。
晩秋(播州)平野。
IMGP7711.jpg


田原橋を渡ります。
西の方を見ると、火の見櫓とお日さま。^_^
IMGP7712.jpg
撮影時間15時37分。お日さま、随分、低くなってます。^O^


北條鉄道・播磨下里駅から約14Km、全行程を明るいうちに終わりました。
北條鉄道・田原駅は、もうすぐです。^O^
IMGP7714.jpg


おしまい

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この記事へのコメント

  • ポジティブオーラ

    駒の古道・・昔は歩けたのでしょうが、もう
    使われていないのですね!
    法道仙人に所縁が有れば面白いのですが
    どうなのでしょう。
    2019年11月23日 21:30
  • トンキチ

    こんばんは。
    てくてくさん、スッゴイですね〜。
    全行程約14kmですか、もっと長い距離のように感じましたが、とにかくお疲れさまです。
    加西市と加古川市の境界付近にある法道仙人の駒の蹄跡の伝説はよく分かりませんね。
    法道仙人自体、伝説の仙人ということなので、馬で空を駆けるというのは荒唐無稽な話です。
    「駒の古道」とは、面白すぎます。(笑)
    倉谷西交差点は、私がフラワーセンターに行くとき、必ずここを東に曲がるところです。
    加西市内は車かバイクでしか移動したことがなく、つまり歩いたことがないので、野道とか歩いたり、集落内に入って行けば、神社や古墳、石仏などに出合うのでしょうが、全く見た記憶がありません。
    現代と違って、昔の人々は神や仏に対する信仰心が篤かったのでしょう。
    加西はその名残が強いと思います。
    私は高砂に住んでいますが、加西ほどには残っていないような気がします。
    2019年11月23日 22:23
  • てくてく

    ポジティブオーラさん
    いつも有難うございます。
    駒の古道、投げ松までの道の様ですが、ススキなどが繁って入れません。短い区間だけと思いますが。
    県道43号を少し南に行った所に、レストラン駒の爪があります。そこに行けば、なにか、判るかも知れません。
    2019年11月23日 22:48
  • てくてく

    トンキチさん
    こんばんは。いつも有難うございます。
    ハイ、約14Kmなんですが、最近、歩くスピードが落ちたのと、アチコチで、写真撮ったり石仏さまなど眺めたりしてるので、5時間もかかっちゃいました。

    そうですね。あまりにも奇想天外で・・・
    播磨に伝わる法道仙人は、伝説の仙人ですが、摩耶山天上寺を開いた法道仙人は、フツーの人だったようです。^O^
    神戸新聞NEXT(2017.1.24)の特集に、それに関して、色々、書いてあります。
    URLは・・・
    https://www.kobe-np.co.jp/rentoku/shingokoku/P20171224MS00074.shtml
    です。よかったら、クリックして、見て下さい。

    駒の古道、出来すぎですね。多分、熊野古道をもじったのだと思います。^O^

    そうですね。車で走ってると、判りませんね。
    無名の寺社や、石造物は、チャリでも見落としがあると思います。
    てくてく歩いて写真撮って、ブログアップしてますが、これって、なんかの役に立つんですかねぇ。

    そうですね。神仏に対する信仰・畏敬は、すごかったと思います。
    加西は、古い物を残すって気風があるのかもしれませんが、多分、高砂に比して、開発が進んでないので、残ってるのだと思いますね。
    2019年11月23日 23:25
  • 藍上雄

     本当に石仏や石碑が多い所ですね。今回の古墳の石棺や石室しっかり造られていますね、かなりの有力者でなければこう言う手厚い葬り方はされなかったのでしょうね。むき出しになっているのは盗掘のせいなのかな・・・?
     駒の古道、惜しかったですね、熊野古道ではないけれど、きちんと歩けるようにしておくべきだと思います。
     撮り鉄と石碑巡りの長い行程ご苦労様でした。
    2019年11月24日 13:06
  • てくてく

    藍上雄さん
    いつも有難うございます。
    古い歴史のある地域ですから、保存に力を入れられているのかもしれませんが、ホント、多いです。
    後藤山古墳、羨道部分はなくなってますが、玄室の石組は、確り残ってました。仰る様に、首長など有力者のお墓と思います。
    石が露出してるのは、盗掘もあるかと思いますが、自然崩壊かと思います。
    かなりの数の古墳、見て来ましたが、史跡として保存されてるもの以外は、完全なものは、殆どありません。中に入るの、尻込みするようなのが多いです。

    駒の古道、ネーミングがいいですねぇ。^O^
    名前は古道ですが、昔からあったかどうかはチョット・・・^O^
    管理されてた地元の方が、管理できなくなったのかも知れません。

    ハイ、ありがとうございます。
    有名な寺社や石仏・石造物はありませんが、まだ、加西市の1/4位しか歩いてないので、まだまだ、頑張ります。世の為人の為には、全然、役立ちませんが・・・
    2019年11月24日 14:38
  • yoppy702

    「駒の蹄跡」って、馬の伝説とは思いましたが、仏教関係の伝説やったんですね。
    でも、蹄跡が不明?
    ひょっとしたら、「駒の古道」の中にあるのかも。(^^)
    で、チェックしてみたんですが…
    『はりまの陰陽師の足跡をさぐる(蘆屋道満~法道仙人編 https://deityriver.exblog.jp/16080367/ ) 2011年 04月 02日』という記事の中で、道がハッキリと登場してましたし、「駒の蹄跡」もありました。てくてくさんの写真にも、蹄跡は写ってるようですが…

    この古墳は、ちゃんと案内板があるんですね。
    しかも、綺麗で、ちゃんと道案内も書いてる。(^^)
    で、ボケボケの画像…(^^)
    グーグルマップの「後藤山古墳」の所に何枚かの画像があったので、それを見るとありました。
    これも、ちとボケてますが。(^^ゞ
    内容的には、てくてくさんの書かれてるような事でした。
    以上、「おせっかい」でした。

    コンクリート擁壁の中に石仏五輪塔…
    ここは、崩落しそうな所なんですか?
    鎌倉に行くと、洞窟の中に、観音様とか、良くいらっしゃいましたが。(^^ゞ

    「若森稲荷神社」様…
    拝殿は、今にも壊れそう(?)やのに、ご本殿は綺麗ですね。
    それに、階段があるので、これやったら、皆さん、ご本殿でお詣りしますね。
    ちゃんと、「賽銭箱」って書いてる。(^^)

    「石橋供養塔」…
    供養塔って、犠牲者の鎮魂のためでなく、悪霊対策(?)やったんですね。(^^ゞ
    2019年11月25日 16:47
  • てくてく

    yoppyさん
    いつも有難うございます。
    ハイ、法道仙人の伝説の地の様ですね。
    道、はっきりとありましたか?手入れがされなくなったようで、道にと云うか、草叢の中には踏み込めませんでした。
    蹄、それらしき形は、見受けられるんですが、これだ・・・と云う確信がないもんで。^O^::

    後藤山古墳、珍しく、説明板があったんですが、ビニールで保護してあって、ピント合いませんでした。Googleマップに、ありましたか。お借りすればよかったですねぇ。「おせっかい」ありがとうございます。^_^

    擁壁、多分、道を拡張して、山を削ったんで、擁壁で保全したのだと思います。で、元の道筋の石仏五輪塔を、ここに安置したのだと。そうですね。似たような安置の仕方ですが、殺風景ですねぇ。^O^

    若森稲荷神社さん、本殿は、派手で綺麗でした。
    まあ、最低のお世話はされてるようですが、拝殿とか、土壁とか、境内までは、手が回らないようですね。
    賽銭箱は、シツカリとありましたので、チャリン・・・音しなかったです。

    宇治の橋姫ってお話は知ってますが・・・
    橋に悪霊って、聞いた事ありませんでした。色々、勉強になります。
    ・・・が、アンマり役には立ちませんねぇ。
    2019年11月25日 20:36
  • miyo

    こんばんは~
    加古川市の県境まで来ましたか~
    加西探訪もそろそろ詰めですね!
    駒の古道、険しい古道でなく駒の蹄跡めぐりなのですね!
    本音。。汗して険しい古道歩いてるてくてくさんの見たかった。。
    後藤山古墳こんだけ~?シンプル~!
    稲荷大神宮、本殿だけ立派だけど、他は今にも崩れそう~と言うか、石垣崩れかかってるね!
    田んぼの脇にポツンと道しるべ、ガンバレ!って感じ~!
    1日で14kmもてくてくしたのですか~!すごっ!
    もしかして靴ローラースケートだったのでは
    足お疲れさまでした~!
    栄養付けてね~
    2019年11月25日 23:20
  • てくてく

    miyoさん
    いつも有難うございます。
    ハァ~イ、加古川市の境に来ましたよ。^O^
    イエイエ、加西市の西部と南部が終わりそうですが、まだ、中部・東部・北部とあるんで・・・1/4くらいかな。

    駒の古道、名前はいいんだけど、どうも、法道仙人伝説の「投げ松」までの、道みたい。
    悪戦苦闘して、古道を歩く姿見れなくって、残念でした。^O^

    後藤山古墳はこんだけの様だけど、加西には古墳群が多いので、周り、探索すればあるかも。
    でも、密林みたいだから、探索、難儀だねぇ。^O^

    お稲荷さん、本殿以外は、荒れてるねぇ。昔の様に、信心する人少なくなったから、維持するの大変だよ。

    道ばたの道しるべ、長い間、なにも言わずに頑張ってるね。現代では、もう、お役御免だけど、いつまでも、置いといてあげたいです。

    ン~14Kmねぇ。歩くの遅くなったから、まあ、この程度。^O^
    靴ローラースケート、いいねえ。
    平地はいいけど、坂道困りますねぇ。^O^

    ごちそうさまです。いただきます。
    2019年11月26日 14:03