湖底のふるさと 衝原

お正月にお詣りした、衝原大歳神社さんの西側に、衝原湖(つくはら湖)があります。
この衝原湖の湖底に、「山田の里」西端の、衝原の集落がありました。
衝原は、「山田の里」の西どんつきにあるので衝原・・・確かではありません。

衝原は、昭和62年(1987)に吞吐(ドンド)ダムが竣工して衝原湖ができ、衝原湖の湖底に沈んでしまいました。湖底に沈んだ戸数は、32戸だったそうです。

その衝原が、平成6年夏の大渇水で、かなりの範囲、姿を現しました。
この写真は、渇水で現れた湖底の衝原です。
写真は、ネガフィルムをデジタル化したものです。
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画像は、クリックすると大きくなります。記事に戻る時は、画像を閉じてください。



令和2年1月15日記
写真は、上流(東)から下流(西)へと並べましたが、違ってる所もあるかもしれません。
説明などはしていませんが、悪しからず・・・
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もう、湖底が現れる事はないと思いますし、あつても、おそらく泥に埋まってしまって、見る事はないと思います。
湖底のふるさと 衝原


おしまい

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この記事へのコメント

  • ポジティブオーラ

    この当時の様子はニュース映像で見た
    覚えが有ります。
    今の満水状態の湖の水が干上がるのは
    信じられないですが、日照りが続くことの
    怖さですね。
    これが昔なら大飢饉で多くの人が死ぬという
    事も分かりますね!
    2020年01月15日 20:16
  • てくてく

    ポジティブオーラさん
    いつも有難うございます。
    当時、ニュースで報道されてましたか。てくてくは、地元なのに記憶にないんですよ。^_^::
    これ以降、半分程度まで減った事ありますが、湖底まで干上がった事はありません。この年は、異常だったと思います。
    そうですね。ひと昔前なら、大旱魃だったでしょうね。
    2020年01月15日 20:28
  • winga

    おはようございます。
    ダムの底が現れたんですね。
    生活のあとが伺えます。
    住んでた人は懐かしいでしょう。
    橋は形になって残ってる!
    あら、祠が。神様はお引っ越しですね。
    日本の中でいくつもこういう景色があるんでしょう。
    ちょっと寂しい気持ちもしました。

    今日も良い一日を。
    2020年01月16日 08:09
  • トンキチ

    衝原の集落が湖底に沈むのに、測り知れないドラマがあったことでしょう。
    この湖底が平成6年の大渇水で現れたというわけですね。
    ありし日の様子が窺えますね。
    当時の異常気象によるものですが、あんな大きなダム湖が干上がるとは恐ろしいことです。
    阪神淡路大震災の前年のことで、当時、神戸市西区内で勤務していましたが、もう記憶に残っていません。
    2020年01月16日 13:35
  • 藍上雄

     平成6年夏の大渇水時とはいえ、おぞましい光景ですね。湖底まで下りる事が出来たのですね。干上がった川原や壊れかけた橋など、今ではもう見る事が出来ないような光景、迫力が有ります。
     それでも小さな流れが残されているのは、小さな希望ですね。
    2020年01月16日 14:50
  • 夕焼け

    なんだか写真を見ていると不思議な感覚を覚えます。
    ダムに沈んだ村は日本に沢山あると思いますが、岐阜の関市に向かう時ダムの底に沈んだ村を見ました。
    大きな桜の木は保護されていますが、垣間見る風景を見てなんだかさみしくもなりました。
    そんなことをふと思い出しています。
    気持ち玉いつもありがとうございます。
    2020年01月16日 17:41
  • てくてく

    wingaさん
    いつも有難うございます。
    ハイ、26年前の事ですが。
    今更、何を・・・と思われるでしようが、衝原大歳神社さんに初詣に来て、衝原湖を見た時、何故か、これらの写真を公開しなければ・・・と思っちゃいました。^_^:

    アチコチに、かって、ここで生活していた跡がありました。
    そうですね。懐かしいと共に、哀しいと思われるかも知れませんね。
    橋は、まだ、残ってました。でも、橋の木部は、もう、ないでしようね。
    石祠、多分、神様は引越されてると思いますよ。^_^
    そうですね。日本のアチコチにありますね。
    なんか、寂しい哀しい光景でした。
    2020年01月16日 20:07
  • てくてく

    トンキチさん
    いつも有難うございます。
    吞吐ダムの計画は、昭和22年頃からあった様ですが、調査が始まったのは昭和43年だそうで、その頃、地元が計画を知り、反対運動があったそうです。かなりの住民の方が、この地を離れられたようです。
    ハイ、衝原の大半が、姿をあらわしました。あちらこちらに、生活の跡などが、見られました。

    そうですね。あれ以来、半分くらい減る事はありましたが、あそこまで、干上がった事ありません。
    翌年の1月、阪神淡路大震災でしたね。関連はないですが、なんか、予兆だったんでは・・・と、当時、思ったことあります。非科学的ですねぇ。^O^
    2020年01月16日 20:28
  • てくてく

    藍上雄さん
    いつも有難うございます。
    平成6年は、少雨高温で、関東から九州まで、大渇水でした。
    衝原湖もかなりな範囲、干上がって、写真の様な状態でした。
    もう、このような光景は、見る事ないと思います。
    今度、干上がった時に残ってるの、川の流れだけかも知れませんね。^_^
    2020年01月16日 20:37
  • てくてく

    夕焼けさん
    いつも有難うございます。
    初詣にいって衝原湖みたら、26年前の写真思い出して、衝動的にアップしちゃいました。^_^::
    そうですね。寂しいと云うか、哀しいと云うか。多くの人々が恩恵を受ける一方で、故郷が湖底にしずんで辛い思いをされる方もいるんですね。
    桜、荘川桜でしょうか?
    ・・・とすると、御母衣ダムですね。かなりの集落が沈んだ様に思います。こんなの見ると、寂しいですね。
    2020年01月16日 21:02
  • miyo

    こんばんは~
    平成の大渇水覚えてます!
    その時の光景ですね!驚きです!
    衝原湖はよくウロウロしてますが、集落が有ったとは知りませんでした。
    昭和62年だとまだ新しい湖ですね。
    湖の底見えた時の元集落の方々、複雑な心境だったでしょうね!
    生活感が残った跡、二度と土踏む事出来ないだろう~と訪れた人多かったのでしょうね!
    貴重な写真ですね!
    2020年01月18日 00:17
  • てくてく

    miyoさん
    いつも有難うございます。
    ハイ、平成の大渇水、かっての衝原集落の変わり果てた姿です。
    計画は、昭和20年代からあったらしいけど、出来たのは昭和の終り。新しいけど、もう、33年経っちゃいました。
    衝原湖東側の集落は、かっての衝原に住んでいた方たちだから、毎日見てたんだろうね。どんな気持ちだったのか・・・
    てくてくみたいな、物見高い人たちも、大勢、見にきてたけど。
    ハイ、もう、二度と撮れない写真です。
    2020年01月18日 14:48
  • yoppy702

    そうや。衝原湖って、ダム湖やから、当然、湖底には集落があってもおかしくはないんですね。
    衝原の集落、32戸ですか…
    それが、平成6年に姿を見せたんですね。
    竣工が昭和62年というんやから、十数年振りに、元の住人が見る事になったんでしょうね。
    感慨深かったやろなぁ…
    その写真を撮ってる、てくてくさんがスゴイ!
    さらにスゴイのが、フィルムのデジタル化がメッチャ鮮明。
    てくてくさんのデジタル化技術も素晴らしいやろうけど、余程、撮影がしっかりしてて、ネガの保存状態も良かったんですね。
    しかも、リヤカーをメインに持ってきて、作品に仕上げてはる。(^^)
    地上放置やったら、こんな姿には絶対になれへんでしょうね。

    ん?…
    「令和2年1月15日記」と書かれてるので、「現在」と思っちゃったけど…以下の写真も、トップの写真の仲間なんですね?(^^ゞ
    これ、ビックリ!
    素晴らしい記録ですやん。
    橋が…
    木造やのに、まだ、形があるし、下に水が流れてるので、まだまだ現役やゾと言ってるみたいや。
    実際、人が渡ってはりますもんね。
    橋さんも、嬉しかったやろなぁ…(^^)

    水が、グリーンとブルーがあるのは…
    ここまで違うと光の加減ではないですね。
    底が違うんかなぁ…

    この景観…
    ホンマ、圧倒されてます。
    貴重な写真、ありがとうございます。
    てくてくさんが、フィルムをデジタル化されていた記事も記憶にありますが、あの作業は、とても値打ちがありましたね。
    2020年01月18日 22:05
  • てくてく

    yoppyさん
    いつも有難うございます。
    そうですね。日本には、ダムで水没した、村・集落、アチコチにありますね。
    そうなんです。干上がっちゃって、かなりの範囲、姿をあらわしました。住民の方々、どんな気持ちで、見てられたんでしょうね。
    イエイエ、当時は、写真教室に行ってまして、なんでも、撮ってやろう・・・って、衝原の人には悪いんですが。

    ネガ、割に良い状態で残ってたんで、あまり褪色してませんでした。デジタル化、機械が全部してくれるので。時間はかかりましたけど・・・

    リヤカーなど、水中で錆びるこんなのになるんですね。
    橋も、木部はかなり傷んで、なくなってる部分が多かったですが、欄干などが残ってたのと、まだ、渡れたのには、ビックリしました。

    水の色ですねぇ。撮った時の光の状態や、ネガの状態も影響してるとは思いますが、底の違いもあるし、水が流れてる所と、流れてない所の違いだと思います。

    ハイ、異様な光景ですね。てくてく的には、貴重な写真です。
    なにかを感じて頂けたら嬉しいです。
    2020年01月20日 00:16
  • すずりん♪

    遅いタイミングでコメントを書き入れすみません。
    どの写真も衝撃でした。
    ダム建設で湖底に沈んだ場所は全国にたくさんあると思いますが、
    こんなに近くにあるなんて知らなかったです。
    最後の写真がなんとも物悲しくて。
    2020年01月22日 22:48
  • すずりん♪ さん
    いつも有難うございます。イエイエ、お忙しいのに、有難うございます。
    そうですね。チョット、ショックかもしれませんね。
    ダムの底に沈んだ集落って、何処とも、こんなのかも知れません。
    吞吐ダムで来たのは、昭和の終り頃ですから、湖底の衝原集落を知る人、少ないと思いますね。
    最後の写真の吊橋、神出山田自転車道の「つくはら大橋」ですが、十字架に見えたので・・・
    2020年01月23日 17:15